就業規則の条文案を、AIに書かせてみたい。けれど、そのまま顧問先へ出してよいのか分からず、手が止まっている所長は多いはずです。
結論から書きます。生成AIには条文案・要約・調べものの入口までを任せ、就業規則の法定の手続きと申請書の最終確認、顧問先への回答は、社労士が行えば足ります。
この記事は、AI導入の判断を一緒に行う「AI関所」を運営する合同会社てんが書きました。私は社会保険労務士ではありません。条文の範囲で整理し、事務所ごとの判断が要る部分は、そう書き分けています。同じ考え方で税理士の場合を整理した税理士向けの記事もあります。
社労士の仕事のうち、AIが下書きできる部分と、できない部分
社会保険労務士法2条は、申請書等の作成、提出の手続の代行、事務代理などを社労士の業務と定めています。 AIに任せる範囲を考える前に、仕事のどこに手を入れるのかを分けます。
| 社会保険労務士法2条1項の業務 | 中身 | AIに任せるなら |
|---|---|---|
| 申請書等の作成(1号) | 労働・社会保険の法令に基づき、行政機関等へ出す申請書・届出書・報告書などを作る | 下書きまで。出す前に社労士が全体を確かめる |
| 提出の手続の代行(1号の2) | 申請書等の提出の手続を代わってする | 任せない。社労士が行う |
| 事務代理(1号の3) | 申請や届出、行政機関の調査・処分に関する主張・陳述を代理する | 任せない。AIは代理人になれない |
27条は、社労士または社労士法人でない者が、他人の求めに応じ報酬を得て、2条1項1号から2号までの事務を業として行うことを禁じています。AIは社労士ではないため、上の業務をAIに任せきりにする運用は、社労士が行っていると言いにくくなります。これは条文からの私の読みで、法律の判断ではありません。
就業規則は、AIが下書きしても、法が求める手続きは人が行う
就業規則の条文案はAIが書けますが、労働基準法が定める手続きは人が行います。 89条・90条・106条が求めるのは、次のことです。
| 労働基準法の条文 | 求めていること |
|---|---|
| 89条 | 常時10人以上の労働者を使う使用者は、始業・終業の時刻や賃金、退職などの事項について就業規則を作成し、行政官庁へ届け出る。変更したときも同様 |
| 90条 | 作成・変更のとき、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は過半数を代表する者)の意見を聴く。届出には、その意見を記した書面を添える |
| 106条 | 就業規則を、見やすい場所へ掲示する、書面を交付するなどの方法で、労働者に周知する |
AIが出した条文案は、この手続きの前の段階にあたります。意見聴取、意見書の添付、届出、周知は、どれもAIでは代わりになりません。
もう1つ、89条は記載する事項を定めています。AIの条文案に、必ず書く事項が抜けていないか、89条の各号と照らして確かめます。顧問先の実態と合わない条文(休日の数、賃金の締め日、退職の手続き)が混ざっていないかも、聞き取った内容と突き合わせます。
秘密と個人情報は、別の記事の考え方と同じ
社労士法21条は、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員が、正当な理由なく業務で知り得た秘密を漏らすことを禁じています。 顧問先の従業員の氏名や給与、傷病の情報は、顧問先の秘密であり、従業員個人の情報でもあります。
個人情報保護委員会は、令和5年6月2日の注意喚起で、本人の同意なく個人データを生成AIへ入力し、応答を返す以外の目的で扱われる場合は、個人情報保護法に違反する可能性があるとしています。サービスが入力を機械学習に利用しないかを確かめることも求めています。
AIへ何を入れるかの考え方は、税理士向けの記事で、入れない・匿名化して入れる・そのまま入れてよい、の3段階に整理しています。社労士の資料にもそのまま当てはまります。
作業ごとの線引き表
作業を「任せる・下書きまで・任せない」の3つに分けます。 次の表は、条文と上の注意喚起をもとに私が整理した目安です。法律の基準ではなく、事務所のルールを作る出発点として使ってください。
| 作業 | 線引き | 出す前の確認 |
|---|---|---|
| 制度の概要や用語の調べものの入口 | 任せる | 条文・厚生労働省の資料で裏を取る |
| 規程の新旧対照の作成、面談メモの要約 | 任せる | 数字・日付・固有名詞を元の資料と突き合わせる |
| 就業規則の条文案 | 下書きまで | 89条の記載事項と、顧問先の実態を照合する |
| 顧問先からの労務相談への回答案 | 下書きまで | 根拠の条文と、適用される年度を確かめ、社労士が自分の言葉に直す |
| 申請書・届出書の記入案 | 下書きまで | 元の資料と照合し、全体を社労士が確かめてから出す |
| 申請書等の提出の手続、事務代理 | 任せない | 社労士が行う |
| 意見聴取、届出、周知などの法定の手続き | 任せない | 人が行う |
「任せる」も、確認が不要という意味ではありません。法改正の調べものでは、AIが示した制度名や施行日が実在するかを、必ず一次の資料で確かめます。
出力を使う前の3つの確認
AIの出力を使う前に、「今の法令か」「元資料と合うか」「根拠が実在するか」の3つを確かめます。 個人情報保護委員会も、生成AIの応答に不正確な内容が含まれることがあると注意しています。
| 確認 | 見ること | 例 |
|---|---|---|
| 今の法令か | 改正前の内容が混ざっていないか。施行日と適用年度 | e-Gov法令検索や厚生労働省の資料で、現行の条文を読む |
| 元資料と合うか | 顧問先の実態・数字・日付と一致するか | 就業規則の休日数や賃金の締め日を、聞き取りのメモと照合する |
| 根拠が実在するか | AIが挙げた条文・通達・様式が実在し、内容が合うか | 条文番号をe-Govで開いて読む |
確認者の名前と日付を、顧問先ごとのメモに1行残しておけば、あとから見返せます。
よくある質問
就業規則のひな形を、AIに作らせてもよいですか?
下書きとしては使えます。89条の記載事項が足りているか、顧問先の実態と合うかを確かめてから使います。意見聴取・届出・周知は、AIでは代わりにできません。
顧問先に、AIを使ったと伝える必要はありますか?
社労士法21条は、業務で知り得た秘密を正当な理由なく漏らすことを禁じています。AIの利用を顧問先へ伝えることを求める規定は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。顧問契約の内容や所属の社労士会の考え方にもよるため、迷う場合は社労士会や顧問弁護士にご相談ください。
職員がAIで作った書類の責任は、誰にありますか?
条文は職員の使い方まで定めていません。事務所として「誰が確認して出すか」を決めておくのが現実的です。
まとめ
生成AIには、調べものの入口・要約・条文案の下書きまでを任せます。就業規則の意見聴取・届出・周知、申請書等の提出の手続、顧問先への回答は、社労士が行います。出力は「今の法令か」「元資料と合うか」「根拠が実在するか」の3つで確かめ、確認者を記録します。
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AI関所のサービス内容を見るこの記事を書いた人
疋田 悠人(ひきだ ゆうと)です。合同会社てんの代表で、AI導入の判断を中小企業の経営者と一緒に行う「AI関所」を運営しています。社会保険労務士ではありません。この記事は法律の助言ではなく、公開されている条文と官公庁の文書をもとにした整理です。
出典・参考
- 社会保険労務士法 2条・21条・27条 (e-Gov法令検索・2026年10月7日確認)
- 労働基準法 89条・90条・106条 (e-Gov法令検索・2026年10月7日確認)
- 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等 (個人情報保護委員会・令和5年6月2日・2026年10月7日確認)


